2015年02月14日

「禁欲」と「強欲」(目からうろこ)

資本主義の終焉と歴史の危機 水野和夫 著 集英社新書
P212
より

「禁欲」した結果として蓄積された資本を、再投資によって新たな資本を生み出すために使うのが資本主義です。もっと言えば、余剰を蕩尽しないこと=「禁欲」は、資本を再投資するためにこそ必要とされたのでしょう。「禁欲」と「強欲」はコインの裏表なのです。

http://shinsho.shueisha.co.jp/kotoba/tachiyomi/140303.html#1
より

白井:・・・どの社会にも余剰はあるわけですね。その余剰にどう対処してきたかというと、未開社会などではポトラッチや祭りをやって蕩尽してしまう。そういうかたちで人類は余剰に対処してきたんだけれども、資本主義が特異なのは、余剰が出るとそれを拡大再生産に向けるんですね。
水野 はい、資本が自己増殖していくわけです。

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私、浪費するということになんとなく罪悪感がありました。
「禁欲」は「強欲」の裏返し。
宵越しの金はもたない、ということに積極的な意味もありそうです。
明日が不安で、今日、消費しないというのは、もうすこし考え直していいことかもしれない。
ううん、こんな、浅い話ではないのでしょうが。

水野和夫さん、もっと読まなくては・・


posted by 藤川竜光 at 22:35 | あれこれ