2013年08月18日

感謝と崇敬

安倍総理が靖国神社に参拝できなかった。
玉串料を私人として収め、英霊に感謝と崇敬を捧げた。

ありがとうございます、尊敬します、ってなにかが引っかかる。
私にも、英霊に対して感謝と崇敬の気持ちは当然ある。

しかし、私のなかに真っ先に浮かぶ感情は「謝罪」だ。
申し訳ないという気持ちが、まず第一に湧き上がるのが自然な気がするがどうだろう。

膨大な人が殺され、殺し、傷つき、傷つけ、そうして亡くなった方々に対して、言うべき言葉が「ありがとう、尊敬します」だけって本当かしら?

国のために戦い、命をかけ、そして実際に亡くなった方々に対して、ありがとうございましたと宣言するのは立派だけれど、それは、日本が同じような危機に再び陥ったら、勇気ある若者は、同じように行動して欲しいという表明にさえ聞こえる。




ちなみに感謝と崇敬で検索したらこんなものを見つけました。

http://tamutamu2011.kuronowish.com/toujyousiseihousinn1941.htm

第40代東條英機内閣総理大臣
第78回帝国議会(臨時会) 施政方針演説(1941《昭和16》年12月16日《衆議院/貴族院》)

 默々として隱忍自重、積年練武の勞を重ねて今日あるの備へを整へ一たび戰ひとなりますれば君國に殉ぜんが爲め生還を期せざる我が陸海空軍勇士の偉大なる力の發揮に對しましては、唯々滿腔の感謝と崇敬とを禁じ得ぬのであります、

posted by 藤川竜光 at 00:41 | あれこれ

2013年08月14日

終戦記念日

もうすぐ8月15日の終戦記念日を迎える

昭和20年(1945年)の夏に戦争が終わったのだから、68年が過ぎた。
当時20歳の人はすでに88歳、30歳の人は98歳になっている。

悲惨な戦争を繰り返してはならないという趣旨から、戦争を語り伝えようというイベントが各地で行われる。

もうあまり時間がない。物心がついて、体験を語ることができる年齢が10歳と仮定すれば、いま、その人は78歳。
三十年もすれば、日本から第二次世界大戦を経験を語る人は全くいなくなる日がくる。

実は「戦争を語り伝える」ことに私はある違和感を持っている。

私たちが聞かされるのは、いかに、戦争が悲惨で、ひどい目にあったかという被害者としての話だ。

それだけでいいのだろうか、

戦士として、私たちはいったいどのような残虐なことをしたのかという話は聞いたことがない。

唐突だが、私たちは車を運転する際に保険を掛けるが、それは自分が傷ついたときの医療費を主に考えているわけではない。

誰かを傷つけてしまった時に、その償いをするために準備するのが保険の主な目的である。

私たちは自分が傷つくこと以上に人殺しになってしまうことを恐れる存在ではないだろうか。

戦争が悲惨であったという語りは、「日本が不当に侵略を受けたとき逃げ出すつもりなのか?その時に国を守る誇りはないのか」、という理路に対抗できないと思う。

痛い目や怖い目にあいたくないから戦争をしないという理屈は、その悲惨さがいかに甚大なものであっても、本質的に戦争の抑止としては弱いのではないのかという危惧がある。

戦争になれな私たちは大勢の人を殺すかもしれない。そして大勢の人を「殺しても構わない人たち」と認識するかもしれない。私にはこちらのほうがよほど恐ろしい。

もしそうなら私たちは、他国の人を殺し、同胞を見殺しにした兵士たちの声を聞くべきではないのか?

そして、年齢的にすでにそのタイミングは限界を迎えている。
過去の兵士たちはそれを語る責任はなかったのだろうか?
国のために命をかけて戦ってくださった先輩方に対する冒涜であることは承知の上である。

もし、それがかなわないなら、南の国で私たちが殺した人たちの家族にその証言を聞くべきではないだろうか?

かつてアメリカ人は大勢の日本人を殺した。
加害者がいかに鈍感であるかは私たちはよくわかっているではないか。



posted by 藤川竜光 at 00:52 | あれこれ