2011年03月20日

言葉が届かない

原発はどうなっているのか。

http://diamond.jp/articles/-/11514

このような文章を読むと、私たちが今後も真相を知らされらる事はないかもしれないと感じてしまう。

では、事故が起きてからすぐ、事故から半径100キロメートル以内の住民は避難するよう勧告されるべきだったのか?

はたしてそのようなことが可能だっただろうか?

報道はほとんどすべてが政府からの情報であり、数人のみの一定の学者が口をそろえて「放射能は人体には影響のないレベルの量です」と口にする。

一部の先鋭的なジャーナリストは、危険であることを指摘する報道が全くなされないのは異常だと言い「政府の御用学者」のいうことなど当てにならないと叫ぶ。

では、様々な意見が飛び交う状況に、私たちは耐えられるのだろうか?

あるテレビは安全だと言い、ある報道では危険だから逃げろと言い、ある解説者は日本はもうおしまいだと言う(文化放送で詩人のアーサー・ビナードはそう言っていた)、そういう状況があったとして、私たちは、そこから冷静に自分が正しいと思う情報を取捨選択できただろうか?

結局、私たちはいま、自分に与えれた役割やそのままの状況を受け入れ、そこでの責務を果たしていくことしかないと思う。(まずは節電と買占めをやらないこと)

いま「だからあのときああすれば良かったのだと」言う時ではないだろう。

人はこういう危機にあっては、自分のやるべきことが明確になれば勇気をもって動けるものだと信じる。

だからリーダーシップが大切なのです。

それにしても情けないのは管直人首相の言葉のなさ!

防衛大学校の卒業式での訓示で

『同時に全ての国民に対してこの試練の先に「日本の明るい未来を作るべく力を合わせてこの国難を克服しようではありませんか」と呼びかけたいと思います。』

「と呼びかけたいと思います。」←このセンスは一体何ごと!!

オバマ大統領の
「米国は、助けを必要としている偉大な同盟国と常に共にあることをぜひ知ってください」
と比べてなんと力のないことか。

管直人のこの切迫感のなさと何かの代読にしか聞こえないスピーチ。日本にスピーチライターっていないのかしら?

いまトップが言葉に力を持たせられなくて何だと言うのか?
なさけない。


posted by 藤川竜光 at 22:05 | あれこれ